本番データに一切触れず、コード・スキーマ・API定義・IaCから機微データの流れを追跡するAikidoのcode-first DSPMを解説。従来型DSPMとの違い、見つけられるもの、そして見つけられないものまで正直に整理します。
アカウント削除のリクエストが来た。ユーザーテーブルから該当行を消した。処理は正常終了。
しかし、そのユーザーのメールアドレスは、サポートチケットの本文に残っている。分析基盤のイベントログにも残っている。エラー発生時のスタックトレースと一緒に、監視ツールにも送られている。
「機微データがどこにあるのか、把握できていない」——この問題を扱う分野が DSPM(Data Security Posture Management)です。機微データがどこに保存され、それが何のデータで、暗号化されているか、アクセス権が広すぎないか。データの所在とリスクを可視化するカテゴリで、ここ数年で急速に製品が増えました。
Aikido も 2026 年にこの領域に参入しました。ただし、既存の DSPM 製品とは根本的に違うやり方で、です。この記事では、その違いと——あえて——見つけられないものまで含めて解説します。
従来型の DSPM 製品(Cyera、Sentra、Orca など。Wiz のデータセキュリティ機能も同じ系統です)のやり方は、こうです。
本番のデータベースやストレージに接続する。中身をスキャンする。「16桁の数字だからクレジットカード番号らしい」「@ が入っているからメールアドレスらしい」と、データの見た目からそれが何かを推測する。
倉庫を全部開けて、中の荷物をひとつずつ確かめる。宝探しです。デプロイ済みの環境を直接見るので、そこに実在するデータを確実に棚卸しできる——これが強みです。
ただし、代償が2つあります。
第一に、ベンダーに本番データの読み取り権限を渡すことになります。機微データを守るためのツールに、まず機微データそのものを見せる。この構図に抵抗を感じる組織は、日本では特に少なくないはずです。
第二に、見た目からの推測は外れます。16桁の数字がすべてカード番号とは限らない。推測が外れた分だけ、誤検知として積み上がります。
Aikido の DSPM は、データそのものを一切見ません。読むのは、コードだけではありません。データベーススキーマ、ORM モデル、OpenAPI などの API 定義、Terraform や Kubernetes マニフェストといった Infrastructure as Code まで、アプリケーションを記述するファイル群すべてが解析対象です。この記事では、以下まとめて「コード」と呼びます。
考えてみれば、コードには最初から書いてあるのです。データベースのスキーマや ORM モデルは「何をどこに保存するか」を記述しています。カラム名が ssn なら、中身を開けなくても、そこに社会保障番号が入っていることは分かる。ストレージへの書き込み処理、API 定義、インフラ設定は「そのデータがどこへ運ばれるか」を記述しています。
荷物を開けずに、伝票と配送ルートで管理する。宅配便が毎日やっていることです。
この方式だと、データの「最終的な置き場所」だけでなく、アプリケーションに入った瞬間から出ていくまでの経路全体を追えます。フォームから入った氏名が、DB に保存され、エラーログに混入し、分析ツールへ送信され、LLM のプロンプトに埋め込まれる——その一本の線が見えるのです。
ここが両者の一番の違いです。従来型 DSPM は「データがある場所」を見つける。code-first DSPM は「データがどう流れたか」を追跡する。
比較を整理するとこうなります。
| 従来型 DSPM(宝探し) | code-first DSPM(追跡) | |
|---|---|---|
| 見るもの | 本番データの中身 | コード・スキーマ・API 定義・インフラ設定 |
| 必要な権限 | データストアへの読み取りアクセス | リポジトリへの読み取りアクセスのみ |
| 分かること | データが「どこにあるか」 | データが「どう入り、どこへ運ばれるか」 |
| 見つかるタイミング | デプロイ後 | デプロイ前(コードの段階) |
| 見つけた後 | レポート→チケット起票 | 原因の行を特定し、修正 PR を提案 |
Aikido が公開している検出カテゴリは、どれも現場で心当たりのあるものばかりです。
date_of_birth を返している製品ページの説明では、いずれも「該当するファイルと行」まで特定され、修正はプルリクエストとして提案されるとされています。Aikido にはプラットフォーム全体に AutoFix(修正 PR の自動作成)の仕組みがあり、DSPM の検出結果もその流れに乗る設計です。レポートを読んでチケットを起票する仕事が、PR をレビューしてマージする仕事に変わる。ここが従来型との実務上の一番の違いです。
ここからは、製品ページの FAQ にも書かれている限界と、書かれていない限界の話です。
1つ目: コードが触れないデータは見えない。
誰も参照しなくなった古い S3 バケット。数年前に誰かが手動で出力した CSV。担当者の PC からアップロードされたバックアップ。コードを読む方式は「アプリケーションがデータをどう扱うか」の地図なので、現在のコードに登場しないデータは、その地図に載りません。
クラウド側のリスク——使われていないストレージの存在、公開設定、暗号化の欠如、過剰なアクセス権——は CSPM の領分で、Aikido では同じプラットフォーム内の別機能として確認できます。ただし、CSPM がバケットの存在や設定を見つけても、その中に何のデータが残っているかまで必ず分かるわけではありません。コードから外れた「野良データ」の中身の棚卸しは、実データをスキャンする従来型 DSPM の方が得意です。
2つ目: 名前のないデータは追跡できない。
others。備考。remarks。——こういう名前のカラムに個人情報が入っていたら、コードを読む方式では、それが宝だと分かりません。伝票に「雑貨」と書かれた箱の中身は、伝票からは分からない。中身をスキャンする従来型なら、ここで見つけられる可能性があります。宝探しの唯一にして明確な優位点です。
ただし、ここで立ち止まって考えたいのです。
others に個人情報を入れるという設計は、ツール以前に、組織自身がそのデータを追跡できていないことを意味します。名前の付いていないデータは、アクセス制御の対象になりません。暗号化ポリシーの対象にもなりません。退会時の削除処理からも漏れます。監査で「個人情報の保管場所一覧」を求められたとき、誰もそのカラムを挙げられません。GDPR や個人情報保護法の実務では、「どこに個人情報があるかを説明できること」自体が求められます。名前のないカラムの中の個人情報は、その説明責任の外に置かれたデータです。
ツールが見つけられないのではなく、誰も見つけられない状態が、設計の時点ですでに始まっている。code-first DSPM が others を検出できないのは弱点ですが、同時に、この方式の検出結果は「データにきちんと名前が付いているか」という組織の規律をそのまま映す鏡でもあります。
DSPM 製品の比較は「どちらが多く見つけるか」の話になりがちです。しかし整理すべきは層の違いです。
従来型は、本番に置かれた後のデータを見張る。code-first は、本番に置かれる前の経路で止める。前者は実在の棚卸しに強く、後者は原因と修正に強い。両方を備えるのが理想ですが、どちらか一方から始めるなら、判断基準は明確です——守るために、本番データを誰かに見せる必要があるかどうか。
code-first DSPM の答えは「見せる必要はない」です。スキーマと伝票を読めば、荷物の中身は分かるのだから。
見方を変えれば、「実データを見ない」という制約は、権限最小化(Principle of Least Privilege)というセキュリティ設計の原則を、ツール自身に適用した形でもあります。データを守る道具が、データへの特権アクセスを要求しない。この一貫性は、方式の限界と並べて、方式の思想として評価されてよい点です。
そして others カラムの教訓がもうひとつ。データ保護は、ツールを入れる前の「データに名前を付ける」という地味な規律から始まります。どんな DSPM を選んでも、名前のないデータは守れません。
参考:
関連記事: 「データを守る」のが DSPM なら、「コードを直す」のが Aikido Libraries です。同時期に公開されたこの別機能(使用中のライブラリに CVE 修正をバックポートする機能)については、別記事で解説しています。
Aikido Community Japan
公開日: 2026/7/22
最終更新: 2026/7/22
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