AIを活かすためにData CloudのようなSaaSへデータを集めるほど、守るべきデータの境界はSaaSの内側へ移る。それなのに監視は従来の境界に残されたまま——正規権限で読み出され、正規機能で持ち出されるデータは、SIEMにもEDRにも異常として映らない。SaaSの中で動くAIエージェントという新しい死角を、Agentforceの実例(ForcedLeak)とともに解説する。
AIを見つける方法が話題になってきた。
でも、一番見えにくいAIがある。
SaaSの中で動くAIだ。
Nudge Securityの記事では、社内で使われているAIを見つけるために、通信、端末、ブラウザ、APIキー、SaaS連携などを調べる方法が紹介されている。
どれも重要だ。
ただ、その方法でも見つけにくいAIがある。
SaaS事業者のクラウドの中で動き、SaaS内部の権限でデータへアクセスするAIだ。
SaaSに組み込まれたAIエージェントは、利用者の端末で動くわけではない。
事業者のクラウドの中で動き、プラットフォームが持つ権限でデータを読み出す。
端末を監視しても、AIの処理は見えない。
ネットワークを監視しても、SaaS内部でデータを読み、加工している動きまでは見えない。
AI専用のAPIキーを持たず、SaaS内部の権限で動く場合には、認証情報を追う方法でも見つけられない。
従来の監視手法が、ちょうど交わらない場所にいる。
だが、本当の問題はそこではない。
AIを活躍させるためにデータをSaaSへ集めるほど、大事なデータを守る境界そのものが、SaaSの内側へ移っていく。これが、この記事の中心にある話だ。
その境界の移動を、いちばん大きく起こすのがData Cloudのような統合データ基盤だ。
Data Cloudに集められるのは、Salesforceの中にあるデータだけではない。
基幹システム、EC、Webサイト、サポート、マーケティング、外部データベースなど、複数のシステムに分散していたデータをSaaS側へ持ってくることができる。
なぜ集めるのか。
多くのデータを与えた方が、AIエージェントがより広い状況を理解し、より多くの仕事をできるからだ。
顧客の属性だけでなく、購買履歴、問い合わせ履歴、契約状況、Web上の行動、社内の対応履歴まで見えれば、AIはより適切に判断できる。
つまり、AIを活躍させようとするほど、SaaSの中に集める重要データは増えていく。
ここに、新しい死角が生まれる。
SaaS内部のAIが、統合されたデータへ正規の権限でアクセスする。
AIが必要な情報を抽出し、一覧やレポートを作る。
そして、権限を持つ利用者が、その結果を通常のエクスポート機能でローカルへダウンロードする。
そこに権限昇格はない。
不審な外部通信もない。
マルウェアも侵入もない。
だから、SIEMにもEDRにも、ネットワーク監視にも、異常としては現れない。SOCの画面から見ても、正規ユーザーによる普通の検索と、普通のファイル出力でしかない。
端末側で確認できるのも、利用者がSaaSからファイルをダウンロードしたという事実だけだ。
そのデータを誰が選んだのか。
どのシステムから集めたのか。
AIがどの指示に基づいて抽出したのか。
なぜ、その範囲のデータが必要だったのか。
外側の監視だけでは分からない。
しかも、対象になるのはSalesforceに最初から保存されていたデータだけではない。
AIを活躍させるために、他のシステムからData Cloudへ集めたデータも含まれる。
正規の権限で読み出され、正規の機能で持ち出される。
だから、普通にしか見えない。
これが、SaaSの中で動くAIの本当の死角だ。
2025年9月にNoma Securityが公表した「ForcedLeak」は、Salesforceの自律型AIエージェント基盤「Agentforce」の脆弱性だった。
攻撃者が問い合わせフォームに文章として仕込んだ指示を、エージェントが命令として読み取り、CRMのデータを外部へ送信させるものだ。
注目すべきは、AIが権限を昇格させたわけではないことだ。
もともと与えられていた権限のまま、外部から与えられた指示に従った。
ForcedLeak自体はプロンプトインジェクションの脆弱性だが、その本質は、AIが持っていた正規の権限を悪用されたことにある。問題は特定の脆弱性ではなく、AIに広い権限を与えた構造そのものだ。
Salesforceはすでに修正し、外部へ送信できるURLを制限する対策を入れている。
しかし、外部送信先を制限すれば、すべて解決するわけではない。
AIがSaaS内部でデータを集め、その結果を利用者が正規の機能でダウンロードする経路は残る。
この動きは、攻撃通信として検知することすら難しい。
これは、AIやSaaSが悪いという話ではない。
大事なデータを守る境界が変わった、という話だ。
データが社内のデータベースにある間は、ネットワーク、端末、データベース監査、認証基盤を中心に守ることができた。
だが、そのデータをSaaSへ渡した瞬間、守るべき境界の一部はSaaSの内側へ移る。
さらに、AIを活躍させるために社内外のデータを統合すれば、守るべき重要データの範囲もSaaS側で広がっていく。
それなのに、監視の設計だけが従来の境界に残っていないか。
ファイアウォールを見ている。
端末を見ている。
APIキーを見ている。
しかし、大事なデータが集められ、AIに読み出され、加工される場所は、すでにその外側へ移っている。
確認すべきなのは、SaaSの管理画面の中だ。
どのデータをSaaSへ持ってきているのか。
AIは、そのうち何を参照できるのか。
誰がAIを作成し、実行できるのか。
AIが作った結果を、誰がエクスポートできるのか。
AIがどの指示を受け、どのデータを読み、何を出力したのかを記録できるのか。
顧客データをSaaSのAIに使わせる判断と、その内側で大事なデータをどう守るのかという判断は、本来セットでなければならない。前者だけが進み、後者が誰の担当でもないまま残れば、そこが死角になる。
これから重要になるのは、「AIを使うかどうか」ではない。
AIに何を見せるのか。
AIに何を持ち出させるのか。
その境界を、SaaSの管理画面で管理できているか。
そこが、新しいセキュリティの境界になる。
Aikido Community Japan
公開日: 2026/7/28
最終更新: 2026/7/28
セキュリティの最新情報をお届けします。