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一般2026年9月1日9分で読めます

経営の方程式が変わった ――― T&K TOKA、ランサムウェアが問う「選択と集中」の次

2026年8月にランサムウェア被害を公表したT&K TOKAを材料に、「選択と集中」という合理的な経営モデルに、集中した一点を止めないためのレジリエンスという新しい項が必要になったことを論じる。人物・企業のセキュリティ体制を採点する記事ではなく、企業再生の方程式そのものの更新を主題とする。

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経営の方程式が変わった ――― T&K TOKA、ランサムウェアが問う「選択と集中」の次

2026年8月28日、印刷インキメーカーのT&K TOKAが、自社システムへの不正アクセスを公表した。

ランサムウェアによる被害で、一部の業務を停止しているという。侵入経路や具体的に停止したシステム、影響範囲については現在も調査中である。

この一件だけを見れば、珍しい話ではない。

だがT&K TOKAがここ数年進めてきた経営改革と重ねると、別の問いが見えてくる。

「選択と集中」という経営の方程式は、サイバーリスクが経営そのものを止める時代にも、そのままで成立するのか。

結論から言えば、選択と集中が間違ったわけではない。

むしろ正しい。

限られた経営資源を成長分野へ集中し、不採算事業から撤退し、企業を筋肉質にする。それは今も企業再生の基本である。

ただし、方程式に一つ、新しい項が必要になった。

集中した一点を止めないための、リスク管理である。

T&K TOKAが進めた「選択と集中」

T&K TOKAは長く、紙媒体需要の縮小という構造問題に直面してきた。

2019年3月期には経常利益が前年から大きく減少し、その後も厳しい収益環境が続いた。2023年にはアクティビストによるTOB提案を受け、最終的にベインキャピタルの支援による非公開化を選択した。

ただし、事業の選択と集中そのものはベイン傘下入り以前から始まっている。

同社は2022年公表の中期経営計画に基づき、グラビアインキ、フレキソインキを非注力製品群と位置づけ、最終的に事業を譲渡した。

残すのは、UVインキと機能性材料。

経営資源を有望分野に寄せる。

これは典型的な「選択と集中」であり、経営判断として特別に異質なものではない。むしろ成熟産業の再生策としては合理的である。

そして2024年、国内外の企業で豊富な経営経験を持つ石合信正氏が社長兼CEOに就任した。

石合氏は経営について、「筋肉質でスピード溢れる企業」「ムダの排除」といった考え方を語っている。

ここまでを見る限り、T&K TOKAがやってきたことは筋が通っている。

問題は、その方程式を取り巻く環境の方が変わったことである。

「集中」は、利益だけでなくリスクも集める

選択と集中とは、経営資源を一点に寄せることである。

人も、設備も、投資も、技術も、その事業へ寄せる。

うまくいけば、収益性や資本効率は上がる。

しかし同時に、リスクもそこへ集中する。

2026年4月、T&K TOKAは中東情勢による原油・ナフサの供給不安定化と、溶剤・樹脂などの原料価格急騰を理由に、UVインキなど各種製品を10%以上値上げした。

これは選択と集中が原因だった、という話ではない。

原油・ナフサの供給環境や原料価格は企業が制御できない外部要因であり、印刷インキ業界全体が影響を受ける。

だが、経営資源を特定事業へ寄せれば、その事業を支える原料、サプライチェーン、設備、情報システムの重要度は相対的に高くなる。

そして8月、今度はランサムウェアによって一部業務が停止した。

今回、何のシステムが止まったのかは公表されていない。

製造システムなのか、受発注なのか、物流なのか、会計や社内業務なのか。公開情報だけから判断することはできない。

したがって、

「選択と集中をしたからランサムウェア被害が拡大した」

と結論づけることもできない。

ただ、一つだけは言える。

ランサムウェアによって一部業務を停止する状態に至った以上、結果としてITリスク管理が十分だったと言い切れる状況ではない。

これはT&K TOKAだけの問題ではない。

むしろ多くの日本企業に共通する、新しい経営課題である。

方程式に「止めない」が加わった

かつて企業再生の方程式は、比較的シンプルだった。

再生 = 選択と集中 + コスト削減 + 資本効率 + 人と組織

もちろん、これだけでも難しい。

しかし現在は、ここにもう一つの項が必要になった。

再生 = 選択と集中 + コスト削減 + 資本効率 + 人と組織 + レジリエンス

しかも、この最後の項は独立したものではない。

集中すればするほど、レジリエンスに掛ける係数も大きくしなければならない。

一つの工場に集中するなら、その工場を止めない仕組みが必要になる。

一つの原料への依存度が高まるなら、調達リスクへの備えが必要になる。

一つのIT基盤へ業務を集約するなら、その基盤を侵害されないための防御だけでなく、侵害されても業務を継続できる仕組みが必要になる。

バックアップ、復旧訓練、ネットワーク分離、ID管理、監視、インシデント対応、手作業への切り替え。

これらは従来、IT部門のコストとして扱われがちだった。

しかし、事業を集中させる経営では違う。

それは、集中戦略そのものを成立させるための経営投資になる。

「ムダ」と「余力」は違う

ここに、現代の経営で最も難しい問題がある。

企業再生では「ムダをなくせ」と言われる。

正しい。

だが、危機対応に必要な余力までムダとして削れば、会社は脆くなる。

予備設備。

複数の調達経路。

代替システム。

十分なバックアップ。

余裕を持った人員。

手作業でも最低限の業務を継続できる手順。

平時の損益計算書だけを見れば、どれも非効率に見える。

だが危機が起きれば、それらは会社を止めないための資産になる。

ムダを削ることと、レジリエンスを削ることは同じではない。

この境界線をどこに引くか。

それが、これからの経営者に求められる仕事なのだと思う。

経営者が間違ったのではない

今回のT&K TOKAについて、経営判断そのものを批判するつもりはない。

事業を絞ることも、非公開化することも、経営資源を成長分野へ集中することも、それぞれ合理的な判断である。

石合氏の経営思想が間違っていた、という話でもない。

むしろ逆だ。

正しい経営をしていても、それだけでは足りない時代になった。

ランサムウェアは単なるIT障害ではなくなった。

工場を止める。

受注を止める。

物流を止める。

決算を遅らせる。

顧客との取引を止める。

つまり、サイバーセキュリティは「情報を守る仕事」から、「経営を止めない仕事」へ変わった。

経営の方程式そのものが変わったのである。

おわりに

「選択と集中」は死んでいない。

むしろ、不確実性が増す時代だからこそ、企業は何に資源を集中するのかを選ばなければならない。

ただし、集中には条件が付くようになった。

集中するなら、その一点を守る。

事業に100を集中するなら、リスク管理もその事業の重要度に合わせて引き上げる。

成長投資とセキュリティ投資を別々に考えない。

効率化とBCPを別々に考えない。

そこまで含めて初めて、現在の「選択と集中」は成立する。

T&K TOKAのランサムウェア被害は、まだ原因も影響範囲も分かっていない。

だから、この会社のセキュリティを外部から採点することはできない。

ただ、一部業務が停止したという事実は残る。

その事実が問いかけているのは、誰か一人の経営者の力量ではない。

企業再生の方程式を、私たち自身が更新できているか。

その一点だ。


本記事は公開情報に基づく分析である。侵入経路・被害範囲・停止したシステムを特定するものではなく、特定企業のセキュリティ体制の是非を断定するものでもない。

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Aikido Community Japan

公開日: 2026/9/1

最終更新: 2026/9/1

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